
「身を捨てて ここを先途(せんど)
と勤むれば 月日の数もしらで年経ん」
(二宮尊徳一日一言)
今朝の二宮尊徳の言葉です。
先途(せんど)とは物事の最後と言う意味
自分に与えれれた仕事を、
今生最後の仕事として専心没頭すれば、
月日の経つのも忘れ、いつしか
一年が過ぎてしまうということですね
荒廃した農村復興を使命とし
すべてを投げ打って桜町に赴任した
尊徳翁の強い覚悟が詩から読みとれます。
私もこの8月で人吉・球磨での生活が
12年目に突入します。
10年の節目と言いますが、
この10年間の経営環境は
大変な事だらけでした。
BSE 口蹄疫 リーマンショック
そして、いま放射能汚染と
これでもか、これでもかと襲いかかり、
一日たりとも気の休まる日がありませんでした。
ややもするとくじけそうになる心
弱い自分との葛藤
某雑誌の記事「三百八十年の老舗
まさかの負債60億円 再建」の
女将さんの言葉に鼓舞させられました。
「私は迷いながら、どうしてこんな人生の
中に私がいるのだろう」
「純粋になぜだろう?」と
「『自分が生まれてきた意味』
『自分がいま生かされている意味』に
気づけば、いろいろと見えてくる」
とあります。
「『私はこの時期、この店で この再建を
するために生れてきたんだ』と、
心底附に落ちたことがあったんです。」
と結んでいます。
この女将の言葉には
二宮尊徳翁と同じ覚悟があります。
今日お盆休みで帰福しますが、
何故、私がここにいるのか見つめ直し、
心をもっと鍛えるためにしっかりと充電してきます。
萩原新一
